武道の礼儀作法
野中日文先生の著書「武道の礼儀作法」から、昨今忘れがちな日本人の礼儀作法について、ひじょうに含蓄のある訓示ですので、道場生のために紹介させていただきます。
〜武道家とは武術のみにあらず。心技体ともに修行向上し「文武両道」を旨としなければならない。〜
身だしなみ、態度
質素、清潔、動きやすさを基本にT・P・〇感覚を磨け。頭髪、手足の爪、下着の汚れに気をつけよ。鏡を見る習慣をもて。
だらしない服装や姿勢に慣れるな。立ち姿、椅子の使い方、坐り方の基本姿勢をまず身につけよ。机の上に肱をつくのは不作法であることを忘れるな。他人の目に自分の姿がどう映っているか、という視点をもて。
横目、上目づかい、のぞき見をするな。他人の顔、服装、所持品をジロジロ見るな。人の体に安易にさわるな。他人の所持品には原則として手をふれるな。周囲をキョロキョ見まわすな。
歩き方
速すぎず、遅すぎず、足首、膝を柔らかく、体の重心軸を動揺させず、足音を響かせず、美しい隙のない歩き方を心がけよ。バタバタ、ドタドタと音を立てて歩くのは武道の練習をしている者にとって恥である。歩きながら左右をキョロキョロ見たり、後ろを振り返ったりするな。いちいち顔を向けて見ないでも、視野に人れておけば用は足りる。蛙の目に学べ。視野に人らないものを感じる訓練も必要。隙をなくする訓練である。
路上
なるべく歩け。自転車はブレーキと電灯は必ず点検。バス、電車などではやむを得ぬ場合以外は腰をかけるな。立って足腰とバランス感覚を鍛えよ。他人の迷惑になることはするな。人の迷惑を察せられないのを「鈍感」と呼ぶ。鈍感では武道人にとって致命的である。ふざけたり、はしゃいだりして油断するな。事故にあうのは恥と思え。
玄関
他人の体や持物、壁、柱その他の設備品に接触しないように動いて間合感覚を磨け。履物は順があれば棚の下段寄りを使え。下足棚にも上席と下席があることをわきまえよ。棚のないところでは出入りの邪魔にならないよう、中央部を目上の人のために空けて、つま先を外向きに脇へ片寄せておけ。指導者など目上の入の供をしているときは、その履物のつま先の向きを変えたり棚に納めたりするのは後学の役目である。
通路
進路をゆずって黙礼。急用でないかぎり師長に対して声をかけるな。挨拶のために相手の前に立ちふさがるな。進路をゆずって黙礼すればそれでよろしい。
出入口
ドアの開閉には最後まで把手から手を離さず、静かに、確実に。他人が開けたドアから我先に出入りするな。体を斜めにしてすり抜けるな。
更衣室
衣類は簡単にたたんで、所持品と一緒に他人の邪魔にならないように管理。あたりかまわぬ大声や、騒がしい振舞いを慎む。下足圈同様に場所の上下があることに注意。新人は高い位置の使用を遠慮。
浴室
上位者より先に下位者が使うことのないように。同輩や後輩には「お先に」と声をかけよ。見学者は使用を遠慮。浴槽を使うときは体をよく洗い、洗剤を完全に洗い落として入れ。浴横内でタオルを使うな。他人の道具を使うな。更衣室に水滴をたらすな。待っている者があったら「お先に頂戴しました」と挨拶。
トイレット、その他の設備や備品の使用
トイレット(便器)や洗面台に使用の痕跡を残すな。姿勢に気をつけて使え。一滴たりとも水を外にこぼすな。汚したら自分で完全に始末し、跡形を残すな。設備や備品を不注意から破損したときは、原則として自己の責任において修復。
食事
育ちや品性がよく現われるのが食事の姿である。人を見るには食事の姿を見ればわかるとさえ言われる。
目上の人(家庭では祖父母や父母、兄姉)より先に卓上のものに手を出すな。
好き嫌いを言うな。何か自分には必要かを考えよ。残しそうなときは先に適量を取り分けよ。味を見ないうちに調味料を使うな。醤油やソースの類を必要量以上にかけるのは神経の粗雑さを物語る。一事が万事、この祖雑さは、たとえば他人の負担に鈍感であるなど、必ずほかの行動にも現われる。
箸は正しく持て。先端から五センチまでが使用部位と思え。三センチを目標にせよ。達人は五分(一・五センチ)しか使わなかったという。卑しい箸づかい(移り箸、回し箸、迷い箸、さぐり箸、押しこみ箸など)に気をつけよ。ピチャピチャ、ズルズル音を立てるな。
ゲップに気をつけよ。うつむき姿勢でガツガツ食うな。食事の速さはその場のみんなに合わせよ。これを「見合わせ」と呼ぶ。再選(おかわり)の声がないのに「おかおり」を求めるな。特に汁椀はー椀かぎ
りのものと覚えておけ。
不快な話や、気の重くなる話をもちだすな。爆笑を呼ぶ話も控えよ。食事が終わっても目上の人より先に席を立つな。
言語
発声、発音は明瞭明晰に、語尾をはっきりと、姿勢に気をつけて、敬語、丁寧語、謙譲語に用心。相手に判断を任せたような舌足らずな言い方や、相手の共感を前提にした話し方をするな。崩れた言葉を使うな。投げやりな言い方をするな。だらだらと長たらしく話すな。簡潔を旨とせよ。要点をまとめる訓練を怠るな。その場のがれの嘘を口にするな。
会話
自他の立場を忘れた話し方をするな。人の発言中に割りこむな。話をひきとるな。話の腰を析るな。自分だけ話すな。その場で相手の間違いを指摘するな。陰口を言うな。自分のことや自分の家のことばかり話すな。自慢話や見せびらかしをするな。下品な事を口にするな。確信のない事を自信ありげに言うな。その場にいる弱い立場の者に気を使え。敬語や丁寧語の使い方を覚えよ。
自分のことは自分で
寝具、着衣、はきもの、その他の身のまわりのことは、なるべく人をわずらわさないように心がけよ。食事の後片付けも人任せにするな。
「恥」に対する感覚を磨け
言い訳、責任転嫁、弱い者いじめは卑怯者のすることである。失敗をごまかすな。権利よりも義務を思え。同じ事を二度言わせるな。同じ失敗を三度くりかえすな。人の失敗を見て笑うな。数をたのんで一人ではできない事をするな。無抵抗の相手に攻撃を加えるな。人の練習を見ながら「うす笑い」を浮かべるな。人が真剣になっているのを、崩した姿勢で見物するな。他人の勝負に横から口を出すな。基本的には「応援」も無用。他人の支持や応援を期待するな。礼儀正しくするのに、てれるな。
室内
席次に注意。足音を響かせるな。ところかまわず物を置くな。人の前を通るな。やむなく通るときは会釈をして体を小さくして足早に通り過ぎよ。人の後ろを通るとき、体や持物に接触しないように気をつけよ。人や物をまたぐな。人を指さすな。アゴを使って人や、物や、方角を示すな。
他人の持物に手をふれるな。安易に他人の物を借りるな。借りた物は汚さぬよう、傷付けぬように気をつけて早めに返却。謝礼を忘れるな。どんな小さな物でも、目上に受け渡すときは両手を使え。
応対
目上の人に呼ばれたらすぐ応答して、小走りにそばへ行け。行ったら一礼して「ご用でしょうか?」と声をかけよ。近くに来た目上の人に声をかけられたら、している事をやめて立て。
話の最中に「よそ見」や「あくび」をしたり、時計を見たり、汗を拭いたり、手や物を使って風を人れたりするな。指示された事は最優先させ、報告を忘れるな。意見を求められたら三秒以内に言葉を選んで明瞭、簡潔に応答。注意や指示を聞き終わったら、「ハイ。わかりました」と返事。
納得できない事は尋ねよ。拒否すべき事であったら拒否せよ。しかし、指示に従わないことや理由を聞くことは、親子、上司と部下、師弟関係では基本的には非礼にあたることをわきまえよ。
間違いを指摘されたり、迂閉や非礼を叱責されたときは、鍛えてもらっていると思って喜べ。いたわられるよりは叱責のほうを選べ。叱った側もその後の様子を見ている。叱られたときがチャンスだ。間違ってもふてくされたり、ふくれっ面や逆恨みをするな。叱られ上手になれ。
緊張感
自分と他人とは、別の人間だということを忘れるな。他人が自分と同じように考え、同じように感じているとは限らない。言葉づかいや態度は、家庭や友達といるときとは区別した「他人行儀」を身につけよ。家族や友達なら多少の不快は許してくれるが、社会生活ではそんな甘えは通用しない。
見送り、出迎え
祖父母、父母、師の外出は、門や玄関まで見送り、帰宅は出迎えるのが基本の心得。知らぬ顔でいる癖をつけるな。
外出、帰宅の告知
「行ってまいります」と「ただいま」の挨拶を習慣づけよ。行き先は、同行する者の名と一緒に必ず家族に伝えておく。予定時刻より帰宅が遅れるときは出先から連絡。帰ったら外であった事のすべてを話す必要はないが、何も話さないでいるのは良くない。話題をさがして、しばらくは親の相手をするように。
手紙や電話の連絡
遠方へ行ったまま音信不通では親たちは心配する。人の気持ちを察する訓練をせよ。それが人の気持ちを「思いやる」ということ。
失敗の報告
叱られることを心配して報告を怠ってはいけない。誰にでも失敗はある。急いで報告すれば間に合う修復可能な失敗でも、放置すると取り返しがつかなくなる。